LARK

 気が狂えたらどんなにいいかと思う。そして私は自分が狂うことはできない人間だということを知っている。身の守り方を知っている。無理をしないことも知っている。大丈夫なのだけれどそれは傷つかないってことでは無いのよね、なんて思いながら、今日の夕暮れもとても綺麗だった。

 

 そういえば、先日煙草のLARKを拾った。煙草のことは全然知らないのだけれど、赤・灰色のパッケージに「LARK」と書いてあるので多分LARKだ。何LARKなのかはちょっとわからない。

 綺麗な煙草の箱を拾うのが好きなので(まあ、褒められたことではないこと重々承知している)道路の真ん中に角が凹みもせず汚れもせず綺麗な綺麗なLARKの箱が落ちているのを発見したとき、嬉しくて嬉しくて周りをきょろきょろと見渡して誰もいないことを確認して、ささっと駆け寄り拾った。

 さて拾ったはいいものの、予想と違う重みに戸惑う。ビニールは剥がされていたが、開けてみると中身の煙草が丸々20本詰まっていたのだ。これは、初めての、パターンだ。

 瞬時に脳が高速回転を始める。まず改めて周囲を確認した。煙草を落とした人がいるに違いない。その人が戻ってきているなんてことは無いか。無かった。私が拾うことをもしかして誰かが見ているなんてことは無いか。無さそうだった。良かった。とりあえず安心である。

 では、この煙草の持ち主は一体何なのだろうか。そう、何なのだろうか。ビニールを剥がした煙草の箱を落とすなんてことがあるのだろうか。煙草は高いのに?人はなかなか物を落とさないものだ。私はわからなかった。この状況を何一つ説明できなかった。つまり、誰がどうしてこの煙草の箱を道端に落としたのかということを。

 これ以上この煙草の箱を持っていたくはなかった。そもそも煙草の箱を拾うなという話なのはわかっているけれど、とにかく捨てたかった。だが。困ったことに私は路上に物を捨てることがどうしてもできない。どうしてもできないのだ。空き缶もガムの包み紙もビニール袋も何一つ、不可抗力で落としてしまった場合を除き、自ら率先して捨てることなど、できるはずがなかった。だから私はもうこの煙草の箱を捨てることができない。この光景を見ているかもしれない誰かに向かって言い訳をして、仕方なく上着のポケットにLARKをしまった。足早にその場を立ち去った。

 

 机の上にLARKの箱を放り投げる。

 ライター持っているし、吸うか。

 0.1秒ほど考えてやめた。そもそも吸いたかったら自分の金で煙草買うし、その際はちゃんと銘柄選びたい。

「道端に煙草が落ちていたので成り行きで吸ってみました。以来私はLARK推しです」

という導入は我ながらクレイジーで魅力的ではあるけれどそれでもやめておこう。

 ただ、咥え煙草くらいはいいのでは?と思って、一本引き抜く。もしかしたら吸い口部分に毒でも塗っておいて煙草の箱を拾った通りすがりの人間を殺そうしたのかもしれないなあ、可能性は限りなく低いけれど無いわけではない、そしたら私死ぬなあと思いながら煙草を咥える。別に何もなかった。私は死ななかった。人差し指と中指で煙草を挟み、スーハ―と喫煙者の真似をして満足したので煙草を箱に戻しておいた。19本入っているので戻すのがなかなか大変だった。

 本当に、このLARKを落とした人は何をやっているのだろう、と思った。