メモランダム vol.1

プール

 慣れた塩素の匂いに安堵する。水にぬれたタイル張りの床をぺたぺたと歩いてプールに向かう。「泳ぐことってとてもシンプルだけど、同時に複雑で贅沢ね」と思いながら。事実、25mプールに使われる水でどれほどの人の命を繋げることができるのだろう。あるいは将来的には「競泳」というスポーツが成り立たなくなる、そんな世界だって十分あり得るのだ。悲しいことに。ただ今はまだ私は泳ぐことができている。だから久々に泳ぐ。それはシンプルなこと。でも、それでいいのだろうか。考え込んでしまうのだった。

 

この夜に聴く音楽の不在

 昼間の散歩のときに聴く音楽を集めたプレイリストの作成は私にとって容易なことだというのに、夜のプレイリスト作りはなかなか難航している。

 今このときにぴったりとはまる良い感じの曲があればいいのに。

 薄手のパーカーのポケットに手を突っ込んでなおも歩く私は心の中で呟く。今のうちにプレイリストをある程度作っておかなくては。そんな危機感は、どうせそのうちガクッと落ち込むこともあるだろうという、経験に基づいた予測ゆえ。

 

齟齬

 「だから報連相ってのは認識齟齬を減らす為にも必要なわけ」

 そんなことをチームのメンバー(年下)と話していた。要約すると「とっとと報連相しやがれ」という私の暴論なのだが、相手としては何で報連相しないといけないのか意味わからんという感じなので、滔々と私なりのメリットのようなものを語る。けれど本人の中に腑に落ちないと意味ないのよな。語ってごめんな。

 認識齟齬。ノートに書いてみる。「認識」までは書けるけど「そご」?わからない。「齟齬」と書くらしい。こんなの「認識齟齬」以外は使わない漢字だよなと思うも、せっかくの機会なので「齟齬」を書けるようになろうと書き順を調べて三回くらい書いてみた。齟齬、齟齬、齟齬。多分覚えられたと思う。

 私は日記にたくさん「鬱」と書いてきたので、「鬱」は完璧。それが悲しい。完璧に「鬱」って書ける人とだけ友達になりたい、ってのは冗談。でも思うけど、どうやったら日記に「鬱」って文字が使われるのだろうね。私自身もよくわからない。

 

呪言

 『呪術廻戦』の狗巻棘くんは言葉に呪いがこもる「呪言」を使える呪術師らしい。普段の会話で言葉に呪いがのらないように、おにぎりの具だけで受け答えするとかしないとか。「しゃけ・いくら・めんたいこ」ってのは知っている。エビマヨとかチャーシューわさびもあるのかしら。セブンイレブンのエビマヨは私の好きなおにぎりのひとつ。

 最強じゃん、狗巻棘、と思ったらそんなうまいこと世の中はできていないらしく、それなりの副作用がある術式らしい。たいへん。

 私は「呪言」なんざ使えないけども、己の言葉が自分に返ってきてさらにはそれなりのダメージになる感覚はわからなくないなと思う。それは言った内容の重さ・軽さではなく、気持ちがいかに載っているかで消耗度が変わる気がしていて、熱量を持ちながら話すとき、会話が終了するとかなりの疲労感をおぼえて、ひどいとフラフラになる。本当に相手を言葉で以て屈服させたいと思ったとき、それはきっと他人の頬を思いっきり殴るときの高揚感とおんなじ感じを味わうのだろう。嫌な気持ちだ。ということで、私は誰かを指導するのが好きではない。できることなら何も言いたくない。