斜め三十度の半月

 あ、夜空に眼がある。でもって、こちらを見てらあ。

 ジョグからの帰り、スポドリをこぽこぽこぽと飲み歩きながら、私は金色に輝く半月の隻眼を見つめ返す。何のことはない、今日はおそらく上弦の月、それが斜め三十度の角度で煌々と夜空を照らしている、だけのこと。

 この角度、どこかで見たな・・・。それがゲンガーの眼だと気づいたのは家に帰ってからだった。

 ゲンガーとは有名なゲーム『ポケットモンスター』に登場するあのゲンガーだ。ゴーストタイプで、紫色でずんぐりとした体形の、いたずら好きで、ゴーストから進化させるには誰かと通信交換をしなければならない、あのゲンガー。つい最近、『薄明の翼』(第六話「月夜」)*1を見たもので、記憶に新しいのだろう。

 もう少しゲンガーについて語ると、ゲンガーというポケモンは最高に可愛い。

 丸々としたボディに短い腕、短い足。「えいっ」と転がしたら、じたばたして永遠に起き上がれなさそうな、愛嬌のある佇まい。にたにたと不敵な笑みを浮かべ、大きな大きな口を持ち、極めつけはその鳴き声*2。可愛いにもほどがある。そんな愛らしいゲンガーはゲーム上でも可愛い。フィールドでプレイヤーの指示を待つ姿、ゆらゆら横揺れする背中を永遠とみていたい。どんだけ可愛い奴なんだ。

 そんなゲンガーの眼は真っ赤なので、夜空に浮かぶ半月とはその点は異なるし、ゲンガーは可愛いが夜空の眼はむしろ畏怖の念を抱かせた。

 頭上に浮かぶ広大な闇(私の今いる場所は明るすぎて星なぞ見えない)私たちのこの世界は、何か人智では到達できない、大いなる存在の内側にあって、私が一冊の本を読むように、私たちの世界をじっと見つめる何かがいる可能性も否定はできなかった。昔の人はそれを「神」と呼んだのだろう。

 なんにせよ寝静まったこの町でポツンと一人、私は魅入られたように夜空の眼を見ていた。鼻のあたまには玉のような汗が浮かび、火照った体は尖った冷気と相克する。パチパチと乾燥して喉が痛かった(スポドリは三分の一まで飲んだというのに)。明日の空には眼はひらかれないだろうし、私も私で今日走ったから明日は走らないつもりだった。めぐり合わせというものは、こういうことなんだろう。