挟間

 部屋がネイビーの色をしていた。

 

 誰かと一緒に本屋の中を歩いていた。見知った本屋だから私はその人を置いていく勢いでズンズンと歩く。私この本屋に関しては「プロ」だから。しかし手に取りたかった本は無かった。探しても探しても無かった。それどころか、本棚は歯が抜かれたような状態で、全体的に品薄だった。こんなことってあるんですねえ、とその人と笑い合った。

 「ちょっと待ってて」と誰かに言った。私、今着ている服が気に入らないの。15分ぐらいで戻れるから、だから待ってて、と言った。その人はやさしく笑った。安心できる表情だった。表情一つで自分が許されるような、そういう感覚を味わえるのだなあと嬉しくなった。祝福されているような気がして、すごく幸せだと思った。でも、この人は誰なのだろう。

 

 家に戻る道で、駄菓子屋のような居酒屋のような魚屋のようなお店の軒下で、中学生四人組(私がかつて通っていた学校の制服を着ている)がピータンを食べていた。私、ピータンを食べたことがない。気になる!と思った。

 まるで泥に足をとられたかのように、体に鉛が詰まっているかのように、走っても走っても体が前に進めなかった。歩いたほうが早かった。どうして私はこんなに走るのが遅いのだろう。25mを息継ぎなしで泳ぎ(多分それはさほど苦しくない)ターンして35mくらいまで息なしで泳いだときの苦しさに似ている。自分の体が思うがままにならない。どうしてどうして、という言葉がからだを駆け巡ってつらい。私は、泥だ。

 

 今何時だっけ。アラームが鳴らなかった。今日は何をしなければならない?どこにいかなければならない?そもそも私は誰?昨日というものがあるならば、何をしていたかわからないな。そもそもここはどこだ。一面ネイビー色。カーテンからうっすらとこぼれる光。それは夜ではない証拠。そこまではわかるけれど。遅刻すると思った。何に?何にだろう。

 そこから一気に意識は覚醒していく。今と過去の接続がスムーズに行われ、私に電気が通る。今日は休日。昨日は労働。あなた、寝落ちしていたのよ?疲れていたのね。夢の名残が薄れていく。現実が鮮明になっていく。可能性より不可能性が高まっていく。

 

 午前5時半のことだった。私は挟間にいて、そこから抜け出すことができたので、今これを書いている。