種子と天体と嫉妬

マスカーニャというポケモンは嫉妬深いポケモンとされているが、嫉妬というのはいい感情だ。マスカーニャというポケモンについて考えるとき、私は嫉妬を柔らかく考えることができる。いつもはハードなそれは、マスカーニャという愛くるしいポケモンを通して幾分穏やかに、扱いやすくなる気がする。檻のようなものだと表現してたのは村上春樹だったか、いや、氏は愛情をそう呼んでいたのかな、忘れてしまった。

嫉妬の足元には自分の欲しいものが埋まっていて、私が他と比べて嫉妬するかどうかは依然として不明だけども、少ないのだとしたら、私の欲しいものの上に腕組みをして仁王立ちする嫉妬に出会うことがそこまで無いからだろう。

嫉妬に対してできることは多くはないし、何をやらなければならないかも理解しているつもりだし、嫉妬について考えているならばまずはさっさと寝て、好きなものを食べて、それから考えようぜと思うのでこの文章はもうおしまいにするけども、嫉妬を見つけたとき、そこには私の欲しいものがあるのだなあと思うと「ああ自分の欲しいものってそれなんだね」と気づきを得るのは悪くない。私はあなたにはなれないし、あなたは私にはなれないし、と、定期的に確かめなければいけない雰囲気は、嫉妬というものに天体みたいな周期を感じさせる。