動物園にて

 休みをとってどこに行くのか、動物園である。なぜ動物園か、過去の私が「行ってみたい」と思ったからである。ということで、「いつでも出発して良い」という自由さがあえて出かけることの億劫さを生み出していることを自覚していたので、8時前には家を出た。早い。家を出てしまえば、あとはなんだっていい。ゆっくり行こう。

 自分には主体性なんて無いのではないか、と思うことがある。多分違うけれど。主体性を常時発揮できるわけではないのは確かだ。行きたい場所が見つからないことはよくある。やりたいことがないこともまた然り。家に居て食べたいものがないときはとりあえずペペロンチーノを食べることにしている。そういうものだ。

 ただ、行きたい場所がなくてもやりたいことがなくても、何かをしたいという欲があるとき困らないよう、私はやりたいことをリスト化してストック化していて動物園に行くというのは過去の私が書いた、過去の私のやりたいこと。

 

98円と89円

 食べることが目的でないお出かけの場合、食べることやその時間をケチる傾向があって、とはいえ食べないと情動がおしまいになり殺伐とした精神になることは間違いないので、現地で必ず調達することを己に約束し家を出た。

 駅前に大きなスーパーがあったので、そこで弁当を買って園内で食べることにする。外で食べる弁当はとても好きだ。

 弁当と一緒に梅おにぎりを買う。コンビニより安いよ!というポップアップで税抜89円。疲れているときの梅は何より心地よい。が、困ったことに、大股で二歩離れたところに別のおにぎりがおいてあって、値段は税抜98円。む。でも既に89円のおにぎりを手に持っているしわざわざ戻すのも躊躇われるし、98円と89円で何かの違いが見いだせるかわからないし、ということで89円のまま行くことにした。今思えば、一番面白かったのは「どちらも買う」だろう。惜しい。空腹で正常な判断ができなかった。

 

いっつあすもーるわーるど

 行ってみて知ったが、その動物園はちょっとした山に沿って広がっていて、ちゃんと回ろうとすると高低差あるルートを歩くことになる。いくつかある入口のうち、私が入園したところは山向こうにある園内に行くためにトンネルを抜ける必要があった。面白。そのトンネルがいい味を出していて面白かった。某ネズミーランドの某アトラクション、っぽい。陽気なメロディに合わせ人形たちが上へ下へ弾む。

 

 妖精かと思うが、実在する動物を見に行く道中で、奇怪な空想生物に出会うとは思わなくて、しばらく一人で笑ってた。面白。

 

少数派

 カンガルーのエリアに入ることができるユニークな試み。かなり近いところでカンガルーを見ることができる。あのとき人間は私しかおらず、対してカンガルーは十数匹。いずれも足をだらんを投げ出して眠っていたりしていたが、ここでは私が圧倒的少数派。比喩でもなんでもなく、多のカンガルーを目にして私は「殺られる」と思った。もちろんカンガルーは、何もしなければ狂暴でもなんでもなく、ただただ寝そべっていた。やっぱりmassってのはそれだけで「力」なんだよな、と思った。我々は少数派を大事にできているか?

 

ヤマユリ アゲイン

 ヤマユリを初めて見たのが二年前の夏で、以来久々にヤマユリを見る。園内にはたくさんのヤマユリがそれぞれ咲いていて、甘くて強い芳香を放っていた。

 

結局こういう道

 私はこういう道(下記写真参照)が好きなのだけど、結局こういう道を歩いている。好みの洋服を手に取るように、好みの味の料理をつい食べてしまうように、道に引き寄せられる。まさか歩くとは思っていなくて(事前調査もそこまでしていなかったし)スポーツサンダルを履いてきてしまったのだから慎重に。舗装された道を歩く。動物園は公園の中にあり、その公園の中は緑豊かな散策路が広がっていて、前日からの雨で木々は水分をたっぷりとまとい、空間が潤っていた。

 

 

 動物園や水族館によく行く方だと思う。それは動物が好きだから、水の生き物が好きだから、というよりは、動物園という空間が好きだからという要素の方が大きい。なので、動物園や水族館、あとは美術館なんかも、本当にその対象が好きな人たちを前にすると若干気圧される。私はそこまで好きなわけではないから。

 空間が好きとはどういうことか。舞台におけるセットの切り替えに近いかもしれない。自分が身を置く場所が変わればまた違う発見があり、普段得られない刺激があって楽しいのだ。出かけることが好きというのも、舞台のセットを定期的に切り替えないとマンネリ化して楽しくなくなってしまうからだろう。

 舞台のセットを切り替えた!という実感が必要だ。だからセットを切り替えたいときは、「なんとなく」ではなく、意識的に出かけたい。なんとなく動物園に行くのではなく、私は動物園に行くぞ!と決意して動物園に行くのが良いのだと思う。あくまで私にとってはだけど。

 切り替えの対象は実はなんだっていい。動物園でも水族館でも遊園地でも、海でも映画館でも、山でも、近くのコンビニでも、おそらくは。こうして考えると、私がつけているやりたいことリストは、畢竟、切り替え先のセット、背景のパターンを集めているだけかもしれないな、と思った。ちなみに新しく行きたくなった(というかやりたくなった)のは、都営地下鉄一日乗車券で利用したことのない駅をひたすらめぐる、だ。またその気になったらやろう。