盗み

盗むことを考えている。もちろん盗みはしないけど、これを盗むならどのような手順でどのように盗むだろうかということをよく考えている。私はそこまで器用ではないし緊張もするだろうから盗みが成功するとは思えない。

私の好みのフォルムのGUCCIのショルダーを肩から下げて電車で爆睡している男の上の網棚には大きな大きな白い紙袋があって、いかにも、それ、私のですよという風に下ろして閉まる間際に電車を降りられたら、私はその紙袋を手に入れられるだろう気がしてならない。男に気づかれたらめっちゃ殴られそうだ、ははは(笑い事ではない)。

大体の人は物を盗まない。それはなぜだろうと考える。日本が今以上にもっともっともっと殺伐としていたら、きっと盗みなんて今以上に当たり前に横行していて今よりもっと悲しい有様だろう。盗まない理由は、でも、人の善意だとは思えない。「盗むことができる」という意識がないからでは。私は飛ぶことができると思わないように、盗むという意識がないのだ、多分ね。そう考えると、貧困というのは「盗める」という意識を呼び起こす一つのトリガーだと思う。私たちは色々な種を後天的に植えつけられる。それをいかに発芽させないかというのが、国とか社会とか、大きなシステムの仕事のような気がする。

首を絞められたら、腹を刺されたら、川に落ちたら、階段で突き落とされたら、人を鈍器で殴ったら、祖父が死んだら、地震が起きたら。色々考える。小説を読むように、それぞれ等価の可能性として考える。

男は起きてしまったし、乗車率はそこそこ高い。白の紙袋を盗む未来は潰えた。