裸木

 時刻は夜の11時近く。重い体をどうにか立たせて私は上着を手に取り羽織り外に出た(ここまではよくある話)。冷たい空気、冬の寒さ、歩けば温まる、それまでの辛抱。

 意識的に歩こうとしている。一日の中で歩く時間を作ること。冬は北風。いや、風のことを気にするのはやめよう、大丈夫。

 葉を落とし細々とした枝が剥き出しの、桜の木が間隔をあけて並んでいる。暗くて影の世界に植わっているかのような樹体は、地の底からにょきっと地上に生えてきた巨大生物の触手のように見える。あるいはメデューサ。どのみち異様でおどろおどろしい。風が(やはり風の話)轟轟と吹いているのが不気味さをさらに掻き立てている。もしくは玉ねぎでもいい。赤子の顔をした玉ねぎが(とても大きい)桜の木の下に植わっていて、頭に生えた裸の桜の木だけが私たちには見えるのだ。

 そんな想像と並行で、私の実直な足は止まることなく動いてくれるから助かる。しばらく、私がこの光景を覚えている間は、どうか桜の木はそのままでいてほしい。満開に咲いたピンクの花はこの気分を暴力的に踏み躙って台無しにしてくれるものだから。