人間の欲望ってやつを

 泳ぎたくないので今日は走る。正確には「泳ぎたくない」ではなく「泳ぐのが面倒」だが。気乗りしないのであれば別のことで気を紛らすことにしている。

 おそらくは鈴虫の鳴き声。夜の闇は少し賑やか。

 駐輪スペースの横を通り過ぎカーブを曲がろうとしたら、そこの暗がりに人と思しき存在が2つ。あらまあ、それは夜ですし、立ち話もあるでしょうと思っていたら、刹那、片方がもう片方にささっと口づけして、私の「あらまあ」は累乗した。あらあら。その間私のからだは勝手に走り続け、途端に誰かと誰かは過去になる。

 トラブルではなさそうだった、とりあえずは。

 冷静にそう考えられたのはもっと後の方で、クールダウンにとろとろと歩きながら悪徳(?)弁護士北岡の言葉を記憶の浅瀬からサルベージする(仮面ライダー龍騎第8話より)。

俺はな、人間の欲望ってやつを愛しているんだ

 私は愛していないけどな(むしろ憎んでいると言ってもいい)。

 欲望も、原子力も、エネルギーが膨大すぎる。制御は困難を極める。その強大なエネルギーに私は狼狽する。畏怖を覚える。人間の欲望を電力変換出来たらエネルギー問題は解決するのかなあ。ああ、嫌だ嫌だ。考えたくない。

 穏やかに過ごしたい。だけどそれが正しいこととは思えない。困ったことに。拭えない後ろめたさの理由を私はまだよくわかっていない。

 人気のない夜の道。街灯が等間隔に並び厳かに首を垂れる様に欲望の気配は欠片もない。