体が傾ぐ

8:49の電車は人がそこまで乗っていない。駅に着くたびに人間を吐き出し、あらかたの人間は吐き出し終わったようだ。電車という交通機関の役割がよくわかる一幕だった。電車はなおも走り続ける。私? 私は吐き出されることなく、もしかしたらそのうち電車に消化されてしまうのかもしれない。今日は長く乗る予定だから。それはさておき。

車内の座席は空席も多い。私の隣には男が座っていて、その隣は空席で、そのまた隣も空席だ。

男。麻のような素材でできたシャツを着て、髪質は硬め、学生? 学生かもしれない若さ。

男は私が隣に座ったときからうつらうつらと舟を漕いでいて、体が傾いでは一定のタイミングで戻る。そういう居眠りの仕方を私はしないので(電車ではあまり眠らないのだ)よくもまあ「戻れる」と思う。

男の隣の席が空くと(私が座ってる側の反対)男の体の角度はますます厳しくなり、このまま倒れ込んでしまうのではないかというぐらい傾く。で、戻る。不思議な機構。そのうち、傾きが唐突になってくる。ガクンと一気に倒れ、また戻る。電流を流し込まれたように、突如という感じで。私はそれに驚く。大丈夫か、この人。

やがて男を観察することに飽きたので(これ以上は面白さを見出せなかった)私は再び文庫本をひらく。一日はこれからだ。