黒い蝶

 疲れていたので小一時間ほど眠った。相変わらず冷房はつけない。どうしてつけないの? 私もそう思う。例えば自分の祖父母が冷房をつけず扇風機一つで酷暑を乗り切ろうとしていたなら「んな馬鹿なこと言ってないでさっさとつけろ」と言うだろうけれど、殊に自分のことになるとよほどのことがない限りつけられない。感覚としてそれはファミレスでステーキプレートを頼めないのと同じに思えるので、子どもの頃に染み付いてしまった倹約精神ゆえなのだろう。まったく困ったものだ。何を善いと思えるか、悪いと思うかの感覚が完全にバグっている。5000円の本は嬉々として買うのに。ノートパソコンは即決するのに。

 とはいえ、風がいい感じに室内に入ってきてたのでよく眠ることができた。夢は見なかった。できることならずっと眠っていたかったほどに。もう自分、一生布団から起き上がらなくていいですか。「神さま」に言う。駄目です、と言われたので不承不承起きる。

 読む本がないし、行かないとますます状態が悪化するのは目に見えていた。だから私は身支度をして家を出る。図書館へ。

 と、黒色の蝶が私の胸のあたりの高さをふらふらと飛んでいるのが見えた。気のせいかもしれないがどこか弱弱しい。その翅はすてきな黒色をしていた。艶っぽいというよりはスモーキーな黒。じゃりっとした、黒。

 蝶の寿命ってあるのかしら。ふとそんなことを考える。あの蝶は弱っている(仮)。だとしてそれは寿命ゆえなのだろうか。それとも?

 あとで調べたところ、蝶にも心臓というのがあるらしい。ただ人間でいう血液はなくて、代わりに体液がある。呼吸は肺ではなく気管から取り込む。そもそもの体のつくりが人間と違う。そりゃあ昆虫だから。

 私と弱弱しい蝶とすれ違う。振り返ると蝶はなおもふらふらと飛んでいて、今飛んでいる以上の高さは飛べなさそうだった。蝶の世界は蝶がいちばんわかっているだろうし、もしかしたらあれでいて元気なのかもしれない。それ以上のことは私にはわからなかった。だから「蝶に幸あれ」とだけ願い、私は前を向くともう二度と振り返らなかった。