土曜日

 昼食をおいしく食べたいし、運動不足は嫌だし、頭の中をすっきりさせたいし。私は散歩に出かけることにした。

 まずはスーパーに行く。白菜1/4が60円くらいの値段だったのでかごに入れる。ウィンナーを切らしていたので量が入っていて一番安いものもかごに入れる。お菓子売り場の脇にアルミでできたフライパンのようなものが掛かっていて、何かと思ったらポップコーンを作るやつだった。ポップコーンの種が予め入っていて、火にかければポップコーンの出来上がり、というやつ。ポップコーンはポップコーンの素と蓋のついた深めの鍋があれば作れてそちらの方がはるかにコスパがいいものだけど、このフライパン型ポップコーンキットみたいなものを買ってみることにした。こういうのはロマンなのだ。

 冬に散歩をすることの良さを一つ発見する。ウィンナーを道中で買っても散歩を続行できること。流石に冬であっても冷凍食品は散歩の時間次第か。ウィンナーの場合、他の季節だと傷むのが心配になってしまうから冬ならではの良さだと思う。

 道中はアジカンの『ファンクラブ』を聴く。冬で、曇りで、土曜日の散歩に聴くにはぴったりのアルバムだと思う。久々に聴くけど、体に沁み入る音だ。『路地裏のうさぎ』が特に沁みた。そのときに聴きたい音楽を探すの、私は結構得意だと思う。自慢できる。

 途中でベンチを見つけたので休憩する。急ぐ必要のない散歩の醍醐味。ストイックな散歩も楽しいが、ゆったりとした散歩もまた豊かだ。スーパーのレジ袋を隣にそっと置いて、持ってきていた緑茶のペットボトルの蓋をひねる。ぱきっと、小枝が折れるような音がした。

 私の目の前を人が通り過ぎていく。無になった感じがして悪くないと思う。「悪くない」と思えたということは、気分はまずまずということを示している。同じ出来事でも、同じ事象でも、受け手の心模様次第でいくらでも見え方は変わるわけで、毎日毎日気分良く過ごせていたら、きっと世界は美しいままなのだろう。気分良く過ごすことは人間の義務ですか? そんなことは無い。ただ、気分をある程度制御できるようになることは無駄なことではない。惰性で飲む緑茶と、ちゃんと自分で決めて飲む緑茶では、後者の方が断然おいしいが、そのおいしさを近くできるのは惰性でいいかげんに飲む経験があってのことだと思って、要は、バリエーションなのかなとか考えた。物事のレパートリーを増やすこと。

 点滅する青信号。急ぐ必要のない休日(平日でも別に急がないけど)。散歩の定義は「点滅する青信号を前に、駆け出さなくてもいいと思えること」かもしれない。車の流れの向こう、対岸にコンビニが見える。ホットスナックの幟が風ではためいている。