うんざり

 アリ・スミス『秋』に好きな一節があって、私はそれをかしゃっとスマホのカメラで撮って長らく保存していた。

 私には習慣の一つとして小説で気に入った文章をノートに書き写すというものがある。赤いノートにただただ好きな文章を書いていく。日付をふってないからいつから始まった試みか、知る術はない。書きたいときに書く。書きたいと思えないときもままある。だから本を読んでいて気になる文章があっても「今は書きたくないな」と思ったら、スマホのカメラで撮っておいて個人的に大事にしまっている。

 その一節で言っていることとしては「何もかもうんざり!」ということで、私は読むたびに「最高だなあ」と思うのだけど、文章の塊自体はほどほどに長いので、書くにもそれ相応の心構えが必要となる(だから今まで書いてこなかったのだ。『秋』自体は一年以上前に読んでいるというのに!)。

 「疲れた」は8回、「うんざり」は13回。

 主人公エリザベスの母は言う。疲れた、疲れた、うんざり、うんざりだ。

 自分がこの一節に惹かれる理由を、私は言語化しない。何に疲れているのか、何にうんざりしているのか、いまだにわからないし、わからないことを、楽しんでいるのかもしれなかった。私が疲れる理由は、私がうんざりする理由は、外の世界にはない気がしていて、今までも付き合ってきたしこれからも付き合っていく。疲れた疲れた、うんざりだうんざりだと喚きながらそれなりに楽しく生きられたら、それでいいだろうさと、今は思っている。

 で、書いた。「疲れた」は8回、「うんざり」は13回書いた。書いて、書いて、書き終わったらスマホのカメラロールにある写真は消した。もう必要はないから。