死にゆくコーヒー

 ハワイアンカフェを見つけたのでテイクアウトでホットコーヒーを頼む。本当は「なんとかブレンド」という名前だったのだけれど、肝心の「なんとか」の部分がすっかりと抜け落ちてしまっている。

 気づけば寒い。前からだけどもここ最近は本当に天気予報を見ていないので今日の天気もわからなければ気温もわからない。ただ確かなことは、昨日より今日の方が寒い、ということだ。

 ホットコーヒーをお供に少し先の駅まで歩く。コーヒーというのは「熱い」か「冷たい」かのどちらかしかないなあ、と思う。日頃コーヒーをあまり飲まないし頓着しないし美味しさの機微もわからなくて、このコーヒーが美味しいのかそうでないのかわからないけれど(とはいえ美味しいコーヒーだった)熱いか冷たいかはわかるし、私にとっては熱いか冷たいかの方がずっと大事だった。こんな寒い日に飲む熱いコーヒーは最高だし、カラカラに干からびた夏の昼下がりに飲む冷たいコーヒーは格別だ。

 気づけば、豊かに香っていたコーヒーがいつの間にか弱まっている。ぐんぐんと熱を奪われ、両手に包まれたコーヒーカップがおとなしくなっていくのがわかる。先ほどまでは頼まれもしないのにムンと香ばしく香っていたものだから、予想外の変わりように少し狼狽える。私が握っているのは今まさに死にゆかんとするコーヒーなのか。何かの死に目に立ち会ったことはないが、そういうことなのか。

 なんだか寂しくなったので、冷め切らないうちにグイとカップを仰いだ。苦くほのかに温かいコーヒーが喉を通ったのがわかった。

 空になったコーヒーは一気に余所余所しくなり、ありえないほど冷たい。駅に着くころには外気以上に冷たくなって、たまらず駅のゴミ箱に捨てた。コーヒーは熱いうちに飲みたい。そんなことを思う自分に、これもまた、狼狽える。