椅子取り合戦

 電車に乗るときは、乗客がそこまでいない、あるいは、立っていられないほど疲れているときを除いて席に座らずずっと立って本を読んでいる。吊り革も掴まない。電車が大きく揺れるたびにバランスを欠いて転びそうになる体。支えるべく、がたんと、足を一本踏み出す。そんな風にがたがたしているのは大体私だけで、恥ずかしい一方で(でも仕方ないじゃない)不思議だ。みんな、バランスを取るのが上手い。

 大抵はこんな感じだ。ホームで下車する人を待ち、降りる人がいなくなったところで乗車すると、するすると車内の中程に移動する。席に座っている人を一瞥し、なんとなく危なそうな人は避けて立ち位置を決める。そして鞄から本を取り出して、あとは知らない。本を読むからだ。

 目の前の席が空いても斜め前の席が空いても私は座らないので、空席ができるとすすすと横に移動して誰かに譲る。高齢な人だったり、好感を抱く人にできれば譲りたい。あとは身重な人、体調が悪そうな人にも。

 生まれた空席に対して、車内の乗客誰も座らないときがある。多くは駅に着いたときだ。すると乗車する人が空席を目掛けてどさどさこちらに向かってくる。この瞬間、私は緊張する。文字通りの椅子取り合戦だ。でも、それは滑稽な光景なのだと、そして滑稽な争いを静かに見守る人間(他ならぬ私だが)がいるということに、気づいている人は果たしているのだろうか。もしかしたら観戦者は私だけではないのかもしれないが。そうしたら観戦する私も観察されているのかもしれないね。そうして、大体二人(つまり座席の列に対して左右の入り口から入ってくる、電車を待つ列の先頭に立つ各1名様)による決戦、その勝者の顔を両手でひらいた本の横から顔をちらっと出して私は見てやるのだ。自分、性格が悪いな、と思うときはこんなときだ。

 椅子取り合戦に人間の浅ましさを見る。それを軽蔑するというよりは、私も同様に浅ましい生き物なのだということを再認識し、ドキリとする。電車の椅子取り合戦は人間の本質が現れるので観ていて面白い。そもそも電車の車内は面白い。