投擲

 夜道を歩く私は右手に上履き入れを持っている。
 そういえば、久しく物を投げていないと思った。そう、物を、投げていない。
 一度意識してしまうと途端に体が疼きだす。投げたい。何かを、投げたい。
 誰もいない。私は確認すると、上履き入れをぽーんと真上に放り投げた。上履き入れはくるくると回転しながら上がり、やがて下降する。私はそれをキャッチする。
 人がいないことをいいことに、私は二三、連続で放り投げる。上がって、落ちて、上がって、また戻ってきた。

 私は上履き入れをじっと見つめる。君には悪いけれど。心の中でそう伝える。この声が届いているといいのだが。そして私は眼前を見据える。次の瞬間、上履き入れを思いっきり放り投げた。数メートル離れたところに落ちた。とぼとぼと落下地点まで歩き、上履き入れを拾った。すっと手のひらで撫でて(上履き入れには謝った)特に自分の気は晴れていないことを悟った。物を投げても、悲しいことに変わりはなかった。