空気の味

 サラ・ケイのTEDのパフォーマンスのことを思い出していた(私はこのパフォーマンスがとても好きなのだ、前から)。

“B” (If I Should Have a Daughter) by Sarah Kay より

And she’s going to learn that this life will hit you,
hard,
in the face,
wait for you to get back up, just so it can kick you in the stomach
but getting the wind knocked out of you is the only way to remind your lungs how much they like the taste of air.

 人生が顔を強くぶつことも学ぶだろう
そして立ち直るのを待って お腹に蹴りを入れることも
でも息を詰まらせるのは 空気の味がどんなに好きか
肺に思い出させる唯一の方法なのだ

私に娘がいるとしたら・・・

パフォーマンス本体は下記より見られる。

If I should have a daughter ... | Sarah Kay - YouTube

 

 息が詰まるということについて考えていた。苦しくて仕方がない。もうこれ以上息を吸うことができない。そう思った時、このパフォーマンスのことを思い出した。息を吸うためには、まずは吐き出さなければならないこと。私は空気の味が好き? どうだろう。なんにせよ、吸うためには吐き出さなければならない。

 自分が本当だと知っていることを3つ挙げよ。

  1. 喉が渇いていると落ち着かない
  2. 他人の浮気や不倫についてあーだこーだ言うのは馬鹿馬鹿しい
  3. 夜風にあたるのは気持ちがいい

 昼間に電車に乗った。急遽帰らなければならなくなったのだ。午後2時の電車は人もまばらで座ることができたのだけれど、なんとなく人と距離をとりたい気分だったのでそのままドア付近に立っていた。駅に着くたびに開口ドアが変わるものだから、あっちへふらふらこっちへふらふら、いつもは何かしら本を読むくせに、この日に限っては集中力に欠けていた。
 住宅街の中を電車は走っていた。家々が立ち並ぶ、その上にはふわふわもこもこの白い雲がいくつも、いくつも浮かんでいた。そのとき初めて、私は久しく雲を見ていなかったのだと気づいた。それだけ出かけていないということだった。仕事ではなく遊びに出かけるときに私は雲を見るからだ(つまり、仮に晴天だとしても、通勤途中に私が雲を見ることはほとんどない。見ているようで、見ていない)。

 家が立ち夏の雲は群れ浮かぶ

 電話をした。相手(母)は「雨でも降っているの?音がするけど」と言った。降ってなかった。まったくもって。頭上には青々とした空が広がっていた。「降ってない。蝉じゃない?」と私は答えた。「ふうん。蝉ね」私は電話を切った。
 ベランダで蝉が息絶えていた。もうバタバタしないことを確認して、私はA4のファイルをもってくると、がばりと開いて、誰も巻き添えにならないことを確認した上で蝉をすくって外に放り投げた。ピサの斜塔の実験。蝉の亡骸を外に放り投げた時、蝉は軽いものだからふわりふわりと落ちそうなものだけれど。

 こういうことを書いていたかった。これも私にとって本当のこと。

 空気の味を感じるにはまだまだ先は長そう(雲と同じように、空気の味は必ずしも美味しく感じられるわけではない。時間が必要、リラックスしていることも、必要)。
 吐き出して吐き出して吐き出して、ようやく空っぽになった肺に空気がすああと入ってくるのを、今は待ちたい。そんな気分の夜です。