鳩、挑戦的

 出かけよう出かけようと思っていたのに気が進まず結局遠出はできない時間になってしまったので、仕方なく小さな肩掛けかばんにコンデジとノートとペンと財布と本を入れて外に出た。

 中古の本を漁って恩田陸の『光の帝国』を100円で入手し(いいんだろうかと不安になる)公園の空きベンチを見つけるとそこに座りぼーっとする。

 外でネットサーフィンに興ずるのは味気ない。音楽も聴かない。そもそもスマホを見ない。芝の青々とした匂いを嗅ぎ、雲と雲の切れ間から時々見える空の青さを眺め、水場で歓声を上げる子どもの声に耳を澄ませる。

 ベンチの周りにバサバサと鳩の群れが舞い降りてきた。土をつつき、何か食べるものがないかうろついている。私は与えるものを何も持っていない。鳩もそれをわかっているようで、一瞬間をおいて、両者の間で結ばれる不可侵条約。私は鳩を見る。鳩は私を見ない(餌をもってない奴に用はない)。

 条約を締結しているからか、鳩はかなり挑戦的である。私の足元30cm圏内に果敢にも入り込んでくる。首を前後に動かしひたすら何かを探している。今ここで足をばっと動かすこともできようが、それは野暮というものだろう。

 鳩、足が意外なほどピンク色をしている。そして目の色も個体によって随分違うようだ。ふくふくしたものもいれば、細々としたものもいる。リーダー格もいれば、群れから取り残されるものもいる。

 バサバサと羽音を立てて、彼らはまたどこかに行ってしまった。観察するものがなくなったので、持ってきた本と先ほど買った本を交互に読み始めた。

 

 宇多田ヒカルの『誰かの願いが叶うころ』を聴きながら帰る。今日に限らず、誰かの生の裏側には誰かの死があって、今日だけ悲嘆にくれるのはどうかと思う一方で、確かに失われた命があることも事実。私の平穏な午後の反対側にあるものに思いを馳せる。