国道沿い

 雨の中、私はひとり国道沿いを歩く。

 どうして?雨の中を歩きたいからに決まっているじゃない。わかりきったこと聞かないでくれる?

 目的のホームセンターは歩いて1時間くらいだった。GoogleMapは「34分くらいで着くよ!」と教えてくれたのに倍の時間がかかっている。そもそもの出発地点の設定がずれていたからだし、雨風が強く不慣れな長靴を履いているからだろう。別に急ぐ理由はないから構わないのだけど。

 

カーディーラー

 国道沿いはカーディーラーが5分間隔で並んでいた。車のフロントガラスに貼ってある値段を見て「案外買えそうだな」と思った。合法的に運転できるが、技術的に運転できない私。ハンドルを握ったまま書き物は出来そうにないし、はたして私は運転することを楽しめるかどうか。電車に乗ることに飽きたら車を買って週末はそれを走らせてもいいかもしれない、と思う。カーディーラーの好きなところは、ドリンクを出してくれるところ。お客として立ち寄れば、無料で飲み物をくれるところが好き。それ以外は特別好きなところもないし嫌いなところもない。

 

握力

 握力が鍛えられるスポーツをしてきたわけではなかったから(でもよくよく考えて見みれば、スポーツの所為じゃないのよね)握力がまるでない。時折強く吹き抜ける風に傘があおられる。あっちへふらふら、こっちへふらふら。やじろべえのようにゆらゆら揺れる私の傘。傘の手元を握る手はこちこちに固まってしまって痛いほどだ。大きな掌が欲しかった。欲しいということを願うことは辛いことだから普段は思わないけれど、ふと予期せぬときに表層に浮き上がってきたりする。痛い。忘れようと努める。

 

中華料理屋の窓

 古びた中華料理屋を見つける。お昼時から外れた時間帯だから店内に人の姿は少ない。男が道路に面した席に座っている。私はそれをガラス越しに外から見る。定食が食べたいなあと思う。欲望が喚起される。

 

渇き

 強い雨が降り続いている。ざあざあと。口の中が渇いている。乾く。大気が湿っているのに(湿っているからこそ)水を求める自分がいて、それがおかしくて笑う。結局雨が小降りになって、気がついたら喉が渇いていたことなんて忘れていた。

 

洗たくマグちゃん

 ホームセンターに到着する。特に買いたいものがないので店内をぶらぶらと一周する。掲示がある。消費者庁から再発防止命令を受けた「洗たくマグちゃん」のGW中の特売をやめます、という内容。この度のニュースを受けて特売は取りやめます、だって。忘れないように、私はその掲示をそっとデジカメで撮った。改めてニュースを読む(これはホームセンターを訪れなければありえなかったことなので喜ばしいことだ)。景品表示法の違反だから(要は広告に記載の内容には根拠が無いですよ、ということ)すなわち製品の効果も認められない、にはならないところが面白い。実際に効果があるのかは知らないけれど、だいぶ売れている商品であり、それなりに売れているということはある程度の効果は認められているんじゃないの?と思ったりする。勿体ないことだ、と思う。

 

キッチン用品

 昔からキッチン用品が好きだった。大手家具屋とかで並べられている料理器具を手に取るのが好きだった。炊飯器は意味もなく開けたり閉めたりしたし、アイスクリームを取るやつは無駄にかしゃかしゃと動かした(なんて画期的なアイテム!)。なかでも強烈に好きだったものがあって、あれはなんだったろう。おそらく瓶の栓抜きだと思うのだけど。重たくて両手に収まるサイズで、いつも持ち歩きたいほど好きだった。一度も買ったことがない。寂しさ。

 

ル・クルーゼ

 ル・クルーゼのココット鍋のあの象徴的な鮮やかなオレンジ。同じオレンジを目の前の鍋は纏っていて、私は思わずその色に吸い寄せられた蛾のようにふらふら。蓋を開けると存外軽く、肩透かしを食らう。ふふふと笑う。偽ル・クルーゼ。クルーゼのあの重たさはそのまま値段なんだよなあ。また一つ真理を発見したような気分になる。重たさは金には換えられない。

 

紳士

 左手におぼん、右手にトング。傘はおぼんを支える腕にかける。私は一生懸命パンを選ぶ。パン屋さんにて。何かを選ぶとき真剣になりがち。私の傘がパタンと床に倒れる。狭い店内、他の客を気にしながら、自分と通路の距離間隔を瞬時に把握しながらかがんで傘を拾うのは結構しんどい。男の子が傘を拾ってくれた。「ありがとう」とお礼を言った。感謝が伝わるといいなと思いながら。

 

国道沿い

 思うのだけれど、国道沿いというのは誰かが歩くことを想定されてない道だ。

 車がすぐ近くを轟音をまとい通り過ぎていく。側溝が詰まって排水されない水たまりがダンプカーのタイヤで盛大に跳ねる。せわしなく、落ち着かない、人間が存在しない道。自然の中の遊歩道の方がよほどあたたかい。そんな人間に対する氷水のような冷たさが国道の良いところだなあと思う。国道をわざわざ歩く物好きは少ないし(さらに今日はしっかりと雨が降っている)考えごとを人目を気にせず呟きながら歩くのには好都合な道だ。人のあたたかさは、時に重さになる。人の眼差しは、時に抑圧になる。

 

 ホームセンターにたどり着いたので、適当に最寄りの駅まで歩き帰宅した。いい感じで疲れて良かった。余ったエネルギーは考えごとをすることに費やした方が創造的。