一晩中降り続いた雨は、午後四時ごろあがった。
暗闇の方から聞こえてくる雨音。しとしとと降る雨は地上にかかる紗幕のはたらきをしていて、私は世界からポコンと押し出されてしまったような、そんな心許無さを感じる。ひとり机に向かいながら書き物をする私。確かに静けさが存在していると思った。
目線を窓の方へと向ける。立ち上がると、ベランダに続く窓のカーテンを開ける。空は白み、淡い光がぼんやりと広がっている。
小鳥のさえずりが聞こえた。カコンとどこかの郵便受けに新聞が投函される音も聞こえた。走り去るバイクの音。空気が流れる。動き出す。
ほっと息を吐くと、丸ボタンを人差し指でつつきデスクトップパソコンをスリープ状態にする。
鍵と財布とスマホをかき集めると、私は玄関のドアを開けた。音を立てないように気をつけながら、カチャンとドアを閉め、鍵をかけた。この部屋に住むことを決めたのは、ドアの無機質な質感と、閉めたときに鳴る音がさっぱりとしていたからだった。
ふと自分の胸に沸き上がった懐かしい執着(こだわりともいう)に顔がほころぶ。それはかつての私の欠片であり、今や散り散りになってしまった分身でもあった。欠片を見つけた時、私はB6のメモ帳に書き留めることにしている。箇条書きで。あとで書いておこう。「私は玄関のドアが好き」。
澱んだ空気は雨によって洗い流され、世界はクリアにできている。スッと深く息を吸いこみ、吐き出す。肺に酸素が充填される。
しっとりとした色のアスファルトの道を歩く。アンクル丈のジーンズ、剥き出しのくるぶしが、道端の雨露に濡れた雑草に触れる。ひやりとした冷たさ。甘美な気持ち。
その瞬間、世界が一気に騒々しくなった。音が戻る。轟音といってもいい、大気のうねり。ごごごごという風の音。
幕が上がった。一日が始まる。