陶器のマグカップを買う。かねてから焼き物が欲しかったのだ。
いくつものギャラリーに入っては、棚に整然と並べられた陶器と向き合う時間。それは、書店の本棚の前に立ち、たくさんの背表紙を見つめる時間と同じだなと思った。深く深く潜っていく感覚。
あるマグカップを見つける。灰と緑と青が混ざった絶妙な色合い。滑らかな肌触り。取っ手の部分に指をかけたときの収まりの良さ。見た目で抱く印象よりやや軽め。
寝る前の一杯、あるいは起きがけに、このマグで何かを飲む自分の姿を思い浮かべることができたとき、マグカップにしては幾分値が張ることなんて些細なこと、と思えたのだった。しかし、なおも私は逡巡する。
あまりモノを持ちたくないのだ。モノを買うということは、「この世」という海に新たなアンカーを下ろすということでもあるから。このマグを買ったら生きなきゃいけないなと思う。それは大変なことだ。しかしこのマグは欲しい。結局その物欲に負けてしまうのだけど。ああ、真面目に生きなければならないとも思う。
店主に「これください」と声をかける。「若いのに渋いのを選びますね」と言われる。「若いのに~」という言葉は、この場合誉め言葉だ。軽薄な人間だと思われるより嬉しいではないか。白い緩衝材に包んでもらい紙袋に入れてもらった。この世の縁(よすが)がまた増えてしまった。
ギャラリーをあとにして、気分が少し上がっている私は紙袋を目の高さまで持ち上げる。この陶器で何を飲もうかと考え始める。