見えない何か

 駅のホームで電車を待っていたら、右から左に、喋る人が通り過ぎた。

 その人は外見的には女性で身綺麗で見た目でいえば目立ったものはないのだけれど、ただ一点、絶えず何かを(言葉ではない何かを)喋っているということが、とても目立つ人だった。

 彼女が喋っているのは、例えるなら「スマブラ」(大乱闘スマッシュブラザーズ)のキャラクターみたいな「何か」だ。「せや!」とか「とお!」とか。マリオもリンクもネスもフォックスも、パンチを繰り出すときに、突き上げアッパーを発動するときに、相手を叩きつけるときに、何かよくわからない波動のようなものを打ち出すときに「何か」を言っているわけじゃないですか。あれに近かった。あるいは、トップのテニス選手がボールを打ち返すときの咆哮のような。

 彼女には何が見えているのだろう。私は気になってしまう。彼女には何かが見えていて、その何かに反応しているのだろうか。その何かとは何なのだろうか。私には何が見えているのだろうか。あなたには何が見えているのだろうか。わからない。わからないなあ!と思いながら、しばらくの間その女の人のことを考えていた。