砂利の音

 ジョギングに出かける。外との接点がジョギングしかない、というのは正確ではないが「ああ生きている」と思うのはもしかしたら走り終わってたらたらと歩く帰り道だけなのかもしれない。蛍光ピンクのランニングシューズが砂利を踏む音が聞こえる。粉末を使って市販のものより薄めたスポドリ。プラスチックボトルの蓋をひねって開けて、甘さと水が分離したような味でも渇きを満たすために飲む。ボトルの蓋をしめるときの音を耳が拾う。なぜなら見渡す範囲、私しか人はいないから。遠くで車のタイヤがまわる音。クラクション。エンジン音。風の音。プラスチックの蓋の音に興奮するなんてどうかしている。きゅきゅきゅと蓋が回る音。私は静寂を愛している。

 歩くと砂利の音がついてくる。それが嬉しくて、私はいつもよりゆっくり歩く。人がいない。私だけ。夜空。木々。アスファルト。道路の白線。

 歩きながら話題のClubhouseというアプリのことを考える。

 誰かとつながりたい欲求と無縁ってわけじゃない。人恋しいと思うときだってある。けれど、たぶん私は一人でも平気で、一人の方が楽で、一人の方が自分らしく、一人でいるときの私が好きなのだと思う。そして同時に、そういう楽な自分のまま他者と関われたらいいなと思っている。誰かと一緒にいるときでも、砂利の音に耳を澄ましていられたらいいのに。残念ながら、それはかなり難しいことらしい。

 ゆっくり確実に生きることを願っている。