きいろの風船

 半年ほど前から車の運転の練習をしている私にとって、車を運転する者の視点というのは新たに得た視点だろうと思う。

 歩行者信号が青になるのを待っている私の、道路を挟んだ向かい側に、きいろの風船がふよふよと転がっている。午後が深まるにつれ、風が強まってきた。冷たい風だ。日中の強い光は、太陽が西へ沈む過程で弱まってしまったらしい、風の冷たさの方が目立つ。

 風に乗って風船が揺れる。車道を走る車はいない。私は気が気ではない。自分が運転をする者ならば、風船がフロントガラスの正面に飛び込んでくるのは避けたいと思う。長らくペーパードライバーだった私なら、の感想だけども。

 運転手ではなく、歩行者の私からしてみても、例えば風船が車のタイヤに潰される様は見たくなかった。風船が割れる様を見たくないというよりは、風船が割れる音が嫌であった。なので、早く信号が青にならないかなと思っていた。

 信号は青になった。私は足早に信号を渡ると、車道に出そうになっている風船を捕まえようとする。その瞬間までじっとしていたいのに、私が手を伸ばすとひょいと動き始める。腹が立つ。なぜきいろの風船をわざわざ捕まえなければならないのかと思ってしまう。他に歩行者はいない。風船を捕まえた。私は何食わぬ顔をして、ぼよんぼよんと風船を叩きながら歩き始める。なぜ風船を持って歩かなければならないのだ。

 きいろの風船は、埃にまみれて細かく汚れていた。私はこのあとドラッグストアに立ち寄る予定だった。私の大きな鞄に風船を入れることもできるだろうけれど、そうしてやる義理もないかと思い、持ち歩いていたボールペンの取り出すと、ペン先を出して風船を割ってやった。誰かの息の根を止めてやった、気がしないでもない。