腕の話だ。

 人によって違うのかもしれないけれど、私の場合、自分のからだの部位で一番視界に入るのは手と腕だと思っている。鏡やディスプレイに映る自分の顔ではない。

 手のひらも腕も、昔から馴染みのある肉感を維持している。すらりと細長い指や「今にも折れそうな」腕はどうやら自分には実現できないものらしいと悟ったのは、いつ頃だろう。体重を落としたところで、ほっそりとした腕にはならない気がする。腕は、拳を握ると筋肉が引き締まり、指で叩くと弾き返す弾力。生まれからずっと付き合ってきた存在なので、自分のからだというより、信頼を寄せる道具に近いのかもしれない、手と腕。

 基本的にはそれなりに愛着を持って付き合っているのだが、今日ばかりは恨み言を言いたい。もっと細ければよかったのに。

 たんすの引き出しが突如開かなくなった。10センチ程引いたところで何かに突っかかり止まってしまうのだ。隙間に何かが挟まってしまったのは確かだが、どこで挟まっているのかもよくわからない。がたごとと揺すっても一向に改善する気配がなく、薄いファイルなどを差し込んでも意味がなかった。

 仕方ない。開けられるところまで開けて、隙間から少しずつ中身を取り出すことにした。面倒なことが嫌いなので少しずつ苛立ちが募っているのを深呼吸で落ち着かせる。これはゲーム。パズルゲームなのよと自分に言い聞かせ、引き出しの奥まで見えるぐらいにものを減らしたところで、明かりをかざして覗いてみれば、どうやらジョギング用のキャップが正面奥側の隙間に噛んでしまっているらしい。大体の場所はわかったので、キャップを無理やり引っ張り出せれば直りそう、そう思って開口部から腕を差し込もうにも突っかかる肉。あともう少しだけ細ければそのまま肘のあたりまで差し入れてキャップに手が届きそうなのに、どうしても腕の肉が突っかかって無理そうだった。おのれ、筋肉め。

 抑えていた苛立ちが再び沸き始めるのがわかる。ああ、困った困った。なんとか解決策を考えていたところ、ハンガーのフック部分で引っ掛けてみたらいいのではと思って、これが良かった。フックで少しだけ動いたキャップの端にぎりぎり指が届いた。そのままキャップの生地を無我夢中で手繰り寄せ、どうにか引っ張り出すことができて、無事引き出しを開けることができた。疲れたので、引き出しの中身は明日しまおうと思う。

 いいかげん、身体的なあれこれにコンプレックスも抱かなくなったけれど、久々に細い腕が羨ましくなった。もちもちしていて憎たらしい、けれど嫌いになれない私の腕だ。