氾濫

それは泥に沈み込むような眠りだった。

 

事の発端は、タンブラーをひっくり返したこと。床にこぼれた緑茶がキャビネットの下にまで流れていく。

倒れたタンブラーを呆然と眺めながら、遅れてやってきた苛立ちを深い呼吸と一緒に吐き出し、私は手近にあったタオルを手に取った。

ついでに要らないものを捨てることにした。何年も前にもらったポスターは伸ばしてハサミで使いやすいサイズに切る。裏紙はTODOリストをでっかく書くぐらいには使える。使用済みのカードにもハサミを入れていく。溜め込んでしまう紙袋も捨てる。使っていないモバイルバッテリーも捨てる(捨て方は後で調べる)。

この日の私はとにかくぼうっとしていて、理由としては、連日大きなコンテンツを浴びてることと、そもそも少し前から本をまったく読めていないことと、並行して睡眠がやや足りてないこと、それに加えて会食に行かなければいけないという負担が重なり、「自家発電」できないという状況がますます事態を悪化させている。このタイミングで出かければ回復するが、まだ週の序盤である。必要なのはきっかけだった。

緑茶がこぼれた。それはまさしく求めていたきっかけで、大河が氾濫したその後に、大地の底で眠っていた種が芽吹くような、そういうイメージに自分を無理やり重ねた。重ねないと這い上がれないから是が非でも、という思いだった。

 

身軽になりたい。とにかくものを捨てよう。貯金箱の小銭の重さも耐えられない。すべて何かに使おう。使ってしまおう。そうして私は、ことり、ことりと小銭10枚でできたタワーを置いていく。悲しい音。疲れた。布団に潜り込んでそのまま眠る。泥のような眠りだった。