傘、二本

 散歩。風が冷たい。半袖シャツ一枚、裾がめくれて素肌に風がじゃれついてくる。悪くない。青い空、白い雲。日差しの強さの割に暑く感じないのは、それほど湿度が高くないからだろうか。気持ちの良い日曜日だ。天気がいいのだから遠くへ出かければよかった。しかし、毎週のように出かけてしまうと、それはそれで頭の中を整理するのが大変になる。この週末は休もうと決めていた。散歩プレイリストをシャッフルする。ランダム性。私の好きな曲ばかり。どの曲にあたっても悪くないと思えること。安心安全、ちょっと退屈。「暑い」「暑いですねえ」というお決まりのやりとりをしなくていいことに安堵する。なぜなら私ひとりだから! 誰かの為に、何かの為に喋る必要がない。古いマンションの横を通りかかる。二階の一室のベランダに、傘がひらいて置かれている。乾かしているのだろう。そういや昨日は雨が降ったのだっけ。まるで覚えていない。私、昨日何をしていたっけ。何も覚えていない。傘は二本。赤と黄色。紅葉の色と銀杏の色。私はその傘を欲しいと思う。だけど手に入れたとて、私の欲しいものは決して手に入らないことを知っている。だからそのまま歩を緩めることなく通り過ぎる。他人の持ち物に欲望を抱いても、生活そのものを手に入れることはできないのよ。私は誰かになることはできない。