pretender

 よく晴れたある日の朝、私は4か月ほど楽しんでいた音楽ゲームを唐突にアンインストールした。人生においてそういうことが、ままある。

 スマホアプリゲームというやつは、結局は螺旋構造になっている。イベントの内容そのものは当然異なるが、イベントがありイベントがありイベントがあり、その構造は変わらない。永遠と終わらない(実際はサービスというものは永遠ではない)螺旋の渦に我慢しきれなくなるとき私はアプリをアンインストールするのだが、後悔したことはない。もちろん遊んだことも後悔していない。

 長押し、そして1タップでアイコンを消すとき、自分の中で信仰の対象がないことに薄ら寒さを覚える。どうして私はこうも「薄情」なのだろうと思う。アイコンを消すその刹那、「薄情」さを噛みしめる。そういう自分にある種酔っている。

 信じることの苦しみと、中途半端であることの苦しみと、結局どの道を歩いても苦しさは付きまとうだろうけれど、隣の芝は青いように、信じているように思える人がどうしても羨ましい。そんなことを考えながら、さて、次は何を好きになれるのだろうかと考えているから、我ながらタフだなと思ったり思わなかったり。