その分野を知らない人からすると「何言ってんだ」という話を今から書くが、スマブラもスト6も、競技シーンの観戦を楽しめているのは、キャラクターの魅力というのも絶対あると思う。
Reject所属の天鬼ぷるるは、スト6のモチベーションを維持する秘訣として自身が使うキャラクター「ジュリ」への愛を挙げ、「ジュリが好きだからこそ解釈一致のジュリちゃんになりたい」と語る。この考え、めちゃめちゃ同意する。スマブラを観てても、キャラクターが生き生きとしているというか、その強みを押しつけて存分に暴れまわっている姿が魅力的だと思うし、ゲームに限らず、自分の中にある理想を目指す動き、みたいなのがある(これを別の言い方をすれば「完璧主義」になるかもしれない)。だから、篝火のオープニングの、キャラのめっちゃかっこいい瞬間を捉えた映像がこんなにも刺さるんや!と言語化できるが、これを共有できる人はいない、ただのオタクである。
自分の中の理想がある。好ましい状態、形というのがある。それを愚直に目指し歩み続けること。
欲がないのかもしれないなと思うことがあるのだが、その場合の欲というのは、おそらく他者と共有できる欲なのだろう。お金持ちになりたいとか、出世したいとか、家族を持ちたいとか、ブランド物が欲しいとか、もてたいとか? 他者と共有できる欲はなくとも、自分の中のある種の理想に対する弱い欲、みたいなものはあって、それを含めるなら、私も十分欲がある人間なのだと思うのだ。
すべては繋がっている。アイドルもゲームも文章も風景も。すべては美しさを体現するもの。
私は美しさを表現する手段を持たない。ピアノも弾けないし絵も描けない。唯一、ぽつぽつと言葉を紡ぐことしかできないような気がする。それも、拙い言葉でしか。なので、何にもならなくても、これからも自分なりに自分が感じた美しさを言葉にできたらいいと思うのだが、どうだろうか。スマブラも苦手だしスト6もできないし。そう、だから、何にせよ、何かを行為している人は良いなと思う。羨ましいという気持ちすらある。
セブンイレブンの店で揚げたらしいドーナツが食べたいので、近々買いに行きたい。
こってりと考えている。今はあっさりめで細麺のラーメンが食べたくなるぐらい、頭の中がぎとぎとしている。