反対周り

 曇天であり、私は宇多田ヒカルの『俺の彼女』を聴いている。暗鬱な朝である。七分丈一枚で出歩くには肌寒い朝だった。春だからと舐めていると、こういう寒さにぶち当たる。私はほんの少しだけ、家の周りを歩くことにする。ぐるっと一周。いつものルートを反対に周った。この「反対周り」というのは、とても良い。

 反対周りを楽しむためには、ある程度同じ方向で周っている必要がある。どこに何があるのか(どんな建物で、どんな路地で、どこにゴミ捨て場があって、どこに標識があるか)なるべく詳細に把握する必要がある。そして「ああ、もう、大体のことはわかっているわ、この道のことなら」と、歩くのが怠くなってきた辺りで満を持して反対に周るのだ。そうすると、自分はいかにわかっていなかったのかを身を以て知ることができる。それは私を愉快な気持ちにさせる。また、ちょっとだけ謙虚になれていたら嬉しい。

 小さな空き地の片隅に松の木が生えているのを見つけた。手すりの上のコーヒー牛乳、思いのほかシックでおしゃれな一軒家、紫の花を咲かせるモクレン、長い傘を持って出勤するスーツ姿の女性。反対に周ることで、世界がまた更新される。その度に私は驚く。