会食

会食。座敷にてしゃぶしゃぶ。二つのテーブルに、鶏白湯と辛いつゆ、昆布だしとすきやきの二つの鍋が置かれる。私は二つのテーブルのちょうど真ん中に位置するところに座っていて、すきやきは食べず昆布だしは一番遠いので、鶏白湯と辛いつゆだけを黙々と食べていた。

食べ放題なので好き勝手に肉が頼まれていく。私は一切喋ることなく黙々と食べる。喋るより食べたいし、大量に積まれた肉の平たい箱を消化できるのか不安だったからでもある。

カーテンを挟んで向こうの座敷は、少年野球の卒団式終わりの一行で、とにかく賑やかだった(私以外の人間はそれを「うるさい」と言った。私は「しゃあない」と言い続けた。そもそもがお互い様なことである)。ばたばたと床をかける子どもの足音が鳴る。

表面の灰汁を適当にすくう。茹ですぎて硬くなった牛肉を歯ですりつぶす。こんなことになるから、私はリストに「ひとりでしゃぶしゃぶに行く」と書くのだろう。混沌をおいしいと感じられるのは鍋ぐらいではないか。

暑さと喉の渇きを感じ、座敷を立つと私は入り口へ向かう。板の札が鍵となる下駄箱(110番に入れた)から靴を取り出し、夜風にあたる。隣の紳士服店まで歩く。

積極的に帰りたいわけではない。おいしくないわけでもない。嫌いな人たちでもない。ただ、夜風にあたらないとやっていけないと思うこの寂しさとどうしようもなさを、具体的な誰かに説明できるとは思えなかった。会食というのは悲しい。食べすぎるというのも、最近は悲しいと思うようになった。

席を立ったついでに手洗いに寄る。と、9歳前後の女の子が女子トイレの入り口の角に寄りかかって泣いていた。顔をぐしゃぐしゃにして声を殺すような泣き方だった。私は素知らぬ顔をして用を足し、手を洗いながら女の子について考えた。おそらく野球軍団の子だろうけど…。怒られたのか、気に食わないことがあったのか。在りし日の私に似てなくもない泣き方だと思った。まあ、大変だわな、と心の中で女の子に声をかけた。誰も彼も、幸せであっても幸せでなくても大変だ。