キリマンジェロブレンド

 首を寝違えたので月を見上げづらい。腰を反らして天上に輝く月を見る。しんしんと冷える一月の夜だ。

 セブンイレブンにて、キリマンジャロブレンドの温かくて小さめのサイズを買う。ただそれだけを買う勇気。スマホに表示されたバーコードを読み取って決済するときのPaypay!という音がコンビニの真っ白な店内に空しく鳴り響く。あまりに空虚で羞恥心を感じない。スティック二本分の砂糖をコーヒーにぶち込む。無糖のコーヒーはやっぱり飲めない。

 歩いていると後ろから自転車のベル。む。即座に後ろを振り向こうと思ったところで寝違えた首が痛む。腰からぐるんぐるんと振り返る人になる。間抜けな光景だ。ダウンジャケットを着こんだ老人が自転車で私を追い抜いていった。

 サカナクションの『ナイロンの糸』を聴きながら歩く。この冬は意識的に歩いているし、意識的にコーヒーを飲んでいる。なかなかいい冬だ。少なくとも前の冬よりはいい。

 ここ数年「散歩をする人」になりたいと思っていて、ノートにリストまで書いているけれど(私は自分がやりたいことや行きたい場所、食べたいもの、その他日々を楽しくさせそうな思い付きをリストにしている)もう達成したと考えてもいいかもしれない。叶えられたら、日付と赤丸をつける、そういうルールにしている。

 青になった横断歩道を渡ろうとしたら信号無視の大型トラックが侵入してきて、む、と思う。トラックは信号無視をたっぷりとしたのち、どこかへ消えた。まあいいや。そのまま渡っていると、今度は右折の車がゆるゆる動いてきて止まる気配がない。私、渡ろうとしているのだが? このままだと私のこと轢くのだが? と思いつつ、私は足を止めない。すると車は渋渋といった感じで停止した。歩行者優先ではなかったっけ、違うかもしれない。違うかもしれないが、む、と思ったので、車の去り際、ガンを飛ばしてやった。そんな夜。

 そして「キリマンジェロブレンド」と呼んでいたけど、正式には「キリマンジャロブレンド」だった。お会計するときも「キリマンジェロブレンドの~」と私は言っていたはずで、レジの女の子が「この人間違っているよ」と心の中で思ってくれたら嬉しいのだけど。