木須肉丼

 交差点の角にある中華料理店は500円でテイクアウトを注文できる。このお店で何かを買って少し歩いて公園の芝生でレジャーシートを敷いて食べる、というのを時々している。黒板に書かれたテイクアウト用メニューを上から制覇して(あまり得意でないものは除く)今日は酢鶏丼を頼む。酸っぱいものはそれほど得意ではないが、棒棒鶏みたいなものを想像していたら、その名の通り、酢豚の鶏肉verだった。酢豚は普段頼まない。

 1つ説明していないことがあった。確かに私は黒板に書かれたメニューを上から順番に消化しているが、読み方がわからないメニューはすっ飛ばした。黒板は壁に備え付けられているものなので指差しで店員さんに伝えられない。「木須肉丼」と書いてある。

 なんとなく、中華料理のラインナップを思い浮かべるに、きくらげと卵と豚肉を炒めたやつの丼verだと思ったのだが、日本語が達者でない店員さんに果たして伝わるのか、瞬時に判断して木須肉丼の下に書いてあった酢鶏丼にしたというわけだった。

 「木須肉」とGoogle検索で調べると「ムースーロウ」と読むのだと知った。漢字を用いる語圏で良かった。漢字を使って調べることができるのだから。では英語圏の人は「丼」の意味を調べるときどのように調べているのだろう。英漢辞書みたいなものがあればそれを開けばいいが、パソコンの場合漢字をキーボードで叩いて打ち込めるのか?どのように?まだまだわからないことがある。文字入力ひとつ考えても、それはその地域に特化したものなのだろう。

 酢鶏が出来上がったので(店の奥、見えない厨房で中華鍋とおたまが鳴る音が好きだ)500円を出すと、540円だ、と言われた。私は一瞬怪訝な顔をしたと思う。が、もう100円を出して60円のお釣りを受け取った。

 店員さんが正しい。黒板にも500円+税と書いてるのだから。でも、ほんの数週間前に同じようにテイクアウトを頼んだ時、540円を出したら、500円だ、と言われたのだ。なるほど、と思い、今回は500円を出したらこうなった。

 値段が変わるって、面白い。横断歩道を渡りながら私はにこにこする。

 物の価格とはいつの間にか上がっていたり下がっていたりするもので、値上げ後、値下げ後でよほどの差がない限り、私は意識しない気がする。もちろん誰かが値を決定しているとは思うのだけど、その後のプロセスはとても無機質で人間味がない。

 一方、先の中華料理屋のような個人商店の場合、値付けはもっと血が通ったプロセスになると想像できる。クレジットカードでもなくICカードでもなく、手のひらと手のひらで現金を授受する瞬間に、540円は重みと熱を帯びる。価格変動のダイナミズムみたいなものを感じた一幕だった。面白い。

 次行くときは木須肉丼にしよう。そのときはちゃんと540円を出すようにしようと思って、今からそのときが楽しみである。何より、私はきくらげと卵と豚肉を炒めたやつが大好きである。