20210923

 駅へと向かう。昨晩降った雨の残り香が澄んだ朝の空気に溶け込んでいる。湿ったアスファルト、コンクリートの塀、側溝の蓋と蓋の間に生えている鮮やかな緑色の苔。マスクをすると匂いってある程度は遮断されるものなのだな。ふうと息をつき、そして目いっぱい空気を吸い込む。鼻でくんくんと嗅ぐ。そうして一日が始まり、駅に近づいてきたのでマスクを再びつける。

 電車に乗ることが好きだ。とても、好き、だと思う。考えごとをするのにぴったり。本を読むのもいいし、音楽を聴くのもいい。私の好きなことを存分に集中してできる時間が電車に乗っている時間。ある程度乗客が少なくなると、私は鞄からノートとペンを取り出して浮かんできた言葉をひたすらに書き留める。普段の生活に埋もれてしまった言葉が浮き上がってくる。私はそれを網でパッと捕まえて忘れないように紙に書き起こしていく。いくつかについてはその場で考え始める。山、神社あるいはお寺、うんざりするほどの石段を上ってみたい。不倫と浮気の違いは何?その違いは、まあ、わかる。じゃあ浮気の定義とは。そもそも人によって浮気の定義がばらばらなのだから個別具体的にすり合わせる必要があるのかもしれない。私にとって興味深いことであり、事象としてもすごいことだと思う。苦しい思いをされている人には申し訳ないのだけど。山と稲穂が見えてきた。山、嬉しい。後ろめたさを感じながら山との出会いを喜ばしく思う。それは誰かの日常だ。私の非日常ではあるものの。ちょっと遠くに出かけるたびに、私は自分の生活や生き方について考えてしまう。見る側と見られる側という構造は逃れられないかもしれないが、できるだけほぐしたい。できるだけ自分をその場所に溶かしたい。

 川のある町だ。川も好き。短い映像を撮り溜めたいという気持ちは以前からある。ビデオカメラでも買おうかしらと思って結局コンデジを買ったのが1年前。川のせせらぎを聞いていると、やっぱり動画を撮ってしまう。機械に記録された生活音の愛おしさについて誰か語っている人はいないのかしら。私のスニーカーが砂利を踏みしめる音、車がやってきて去っていく音、小鳥のさえずり、魚が跳ねる音、店前の雑談、どれもが愛らしい。移動手段が自動車である町で歩く私は歩行者となる。信号機のない横断歩道を渡ろうとして車が来たので足を止めると、車は横断歩道の前でぴたりと止まった。軽く会釈して私は道を渡り始める。または、国道または県道など交通量が多く車がただただ流れていく道路に沿う歩道を歩く。そういうとき、私は自分が歩行者であるのだと強く感じる。これは孤独なことだった。私と、町と、歩くことがセットになる時、そこには孤独が生まれる。あるいは逆?つまり孤独であるとき、私と町と歩くことがある。国道や県道にぎゅぎゅっと商業的なものが詰め込まれている様が興味深い。スーパー、ガソリンスタンド、牛丼チェーン、カースタンド、レストラン。安心する。その町ならではの風景と、全国画一的な道の風景が共存している。

 ラーメンを食べる。久しく(個人的な「久しく」である)店ラーメンを食べていない。美味しさを求めようとすると途方に暮れること、いい加減疲れた。ぐるなび食べログも葬り去りたい。探すことにも比較することにもより良いものを求めることにも疲れた。ただでさえストイックに歩いているのだ、食べる場所?みんな美味しいよ。そうは言っても、食べログで探して、あたりをつけた店に向かい、この店なら落ち着いて食べられそうと思って並びラーメンをすする私。ちゃんと美味しかった。店を出ると元気が湧いてきた。そう、空腹だと私はネガティブになる。この町をもう一周しよう、空腹が満たされ気力も湧いてきたので見えてなかった午後の予定がするすると決まる。

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 同じ町を異なる時間帯に複数回歩くというのは面白いと思う。同じルートを歩いても日の入り方で随分見え方が変わるものだから。川の水の透明度は少し下がったか。鯉が動かずにじっとしているのが見える。『千と千尋の神隠し』で、千尋がハクと初めて遭遇するシーン(湯屋の橋の上)が好きで、ありえないスピードで日が落ち影が動く絵を思い出す。西日は人を悲しい気持ちにさせる。線がはっきりと濃くしゃきっとしていた町並みが、西日によってまろやかになっていくのを私は綺麗だと思う。とにかく一日ものすごく暑かった。肌が焼けなければ暑いことには耐えられると思っているけれど、それでもかなり体力を消耗した。とにかくよく歩いた。帰るための駅に辿りついたときには疲労困憊していた。ガス欠、ゼロにしたいと思っていたから目的は果たされた。冷たいお茶を飲みたくなる。缶がいい。手のひらから冷たさがぐっと伝わるから。でも駅の自販機に缶のお茶は無かった(缶コーヒーならあったのだけど)。仕方なくペットボトルの麦茶を買い一気に半分まで飲む。人生で7番目くらいに美味しい麦茶。自販機で飲み物を買うとき、そこには「喉が渇いた、今飲みたい」という真っすぐな欲求があるような気がして、だからみんなもっと自販機で飲み物を買えばいいのにとか思った。

 電車の中でFF10-2の『久遠~光と波の記憶』と『ユウナのバラード』を聴く。この二つがお出かけの帰り道に聴くのにとてもいいのだ。めちゃめちゃいい。西の陽で光る外の世界をぼうっと眺めながら自分が空っぽであることを思う。回復できたかな。できたらいいな。空っぽだけれど充足感でいっぱいいっぱい。今は何も考えられない。

 

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 泳ぐときにわしゃわしゃと動く鴨の足の黄色のうつくしさよ。

 

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 時がとまった時計。