消しゴム

 読んだ本のことを書く為のオレンジ表紙のノートを開く。

 1ページ1冊がルール。相関図でもいいし、感想でもいいし、忘れたくない言葉でもいいし、知らなかったことでもいい、とにかく読んだ本のことを書く為のノートだ。

 ふと思いついたので、ノートに書いた本をリストにしていく。ボールペンで書くかシャーペンで書くか一瞬迷った結果、シャーペンを手に取った。1.と書いて作者名とタイトルを続けて書く。

 ヘッドフォンを外した。扇風機の風切り音と開け放した窓から名の知れぬ虫の音。時折、風でカーテンが揺れる。そして手元のシャープペンでさらさらと文字を書く音。シャープペン独特の、いかにも文字を書いている!という音が好きだ。ボールペンではこうはならない。ぬるっと紙の上を滑るから。

 時々文字を間違える。文字の間違え方にはパターンがあるけれど、多いのが、先行して頭で考えている平仮名を書いてしまうという間違いだ。

 「私は一瞬を愛しています」という文章があった時(今考えた)「私は一瞬を愛し」ぐらいまで書いて、いきなり「す」を書く。私の頭は「一瞬を愛しています」まで一呼吸で言い切ったのに、手が置いついていない感覚。今気がついたけれど、パソコンでタイピングしている時はこうはならない。頭の中の文章と指先のタイムラグが手書きのそれより無いのだろう。

 よく書き間違えるので、そのたびに消しゴムで静かに文字を消していく。今使っている消しゴムの状態は北アルプスの山脈みたいだ。急峻な崖があり、なだらかな稜線があり、ごっそりと削り取られた山肌がある。私は注意深く山々を均していく。私はゼウスで、私の手はゼウスの手なのかもしれない。消しゴムを持つときだけは。山のてっぺんを紙に当て、いきなり崩れることの無いように慎重にかけていく。柔らかな丸みを帯びた山の形にするにはもう少し時間がかかりそうだった。