ヤマユリ

 公園に行く。
 園内ぐるっとサイクリングロードが敷かれているので、レンタサイクルを利用することにした。

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 ロードバイクは乗ったことがない。一日限りの相棒である。

 

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 サイクリングロードは緑のトンネルでできている。起伏に富んでいて、上り坂でぜえぜえと呼吸が荒くなったかと思えば、下りでは一気にスピードを出して風を切る感覚に身を任せる。広い園内に対して、梅雨明けで猛暑、そしてコロナ禍(だけど渋谷のスクランブル交差点に行くよりはだいぶリスクは低いだろう)で人がそこまで多くない。サイクリングロードも追い抜かされたのは1回だけ、追い抜かしたのも1回だけだった。人が前にも後ろにもいない。

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 アスファルトに差し込む木漏れ日が本当に綺麗だった。綺麗すぎて一人で笑ってしまうほどに。こんな綺麗なものを体験しないなんて勿体ない。黙々とペダルを漕ぐ。

    公園が好きだ。これはきっと私だけの感覚ではない。自然の中を歩くのが、好きだ。

 

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 滝のように汗が流れ落ちる。人々は日向を避ける。私も避ける、が、日の当たる場所を歩かねばたどり着けない場所もあって、私は次第に諦める。汗が流れるのもやむなし。いろはす1020mlの中身はあっという間に減っていく。薄いプラスチック素材がべこべこと音を立てる。15分間隔で温くなった水に口をつける。時々塩飴を舐める。私は修行に来ているのか? そうかもしれない。時々身体的に自分に苦行を課したくなる。ストイックに、もう疲れたと根を上げたくなるほどに、自分の身体を追い詰めたい。他ならぬ私が私自身を追い込みたい。世の中は大体他者によって追い込まれるパターンがほとんどで、それは修行ではない。

 

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 ハーブ園の片隅。あまりに眩しすぎて真っ白な世界を影の中から見つめてみる。光も影も濃くなるのが夏という季節で、私はもしかしたら過去いちばんで夏のことを好きになっているかもしれない。

 

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 ヤマユリ
 初めて見た。茶と緑の世界に突如出現する優雅で高貴な花。群生ではないから余計に佇まいが美しく映えた。マスクを外すと、花弁に鼻を近づけなくてもわかる甘くて力強い芳香。サイクリング中も何度も見た。ドキッとする美しさだった。ヤマユリ花言葉は「荘厳」。まさしく。一目見た瞬間、この花のことが好きになった。

 

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 他の人の眼差しが羨ましい。私にはあり得ないものを持っている私以外のすべての人が羨ましい。そんなことを思うのは写真を見る時。写真と文章で決定的に異なるのは、写真は欲しくて撮っているのだ。文章は違う。欲しいとは限らない。どちらかと言えばそれは未知であり発見であり材料。写真の被写体は私にとっての「美なるもの」なのだと思うと、なんだか恥ずかしくなる。私以外の人が美しいと感じたものを私も見つけられたら良かったのにという嫉妬の感情が湧いてきて、それが文章に対して感じる感情とは違うものだと思う。

 

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 本当に楽しかった。幸せというものがあるならば、まさしく自転車に乗って緑の中を駆け抜けたあの瞬間は幸せと呼べるだろうと思った。